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幕末の時、日本に流通していた氷はアメリカ:ボストンから半年かけて運ばれていたそうです。日本でも冬になれば氷を作ることは出来ましたが、衛生面や運搬方法の不確立などから一般庶民には手に入らない贅沢品でした。そこで「日本人のために」と国産で品質の良い氷を作り、人々の元に届けることに大和魂を燃やした「中川喜兵衛」のお話でした。
中川喜兵衛はもともと横浜で精肉屋さんの事業をしていましたが、その時出会ったのがジェームス・カーティス・ヘボンというドクターでした。このヘボンは、ヘボン式ローマ字を考案した人で、宣教師でもありました。中川はヘボンが異国人である日本人に、お金を取らず治療をしたり色んな知識を持っていて教えてくれることに驚き感銘を受けました。ヘボンの行動は聖書からくることを知り聖書を学び、当時誰もやっていなかった精肉屋さんで大儲けしていた自分を恥じてか、精肉の事業を手放し製氷業に取り組んだと言います。
なぜ製氷業だったかというと、お肉を遠くに運ぼうとしても暑い夏ならすぐに腐ってしまい、腐ったお肉を食べればお腹を壊してしまう。山間部に住む人は新鮮な生魚も食べられない。ドクター・ヘボンから衛生管理の重要性を学んでいたのです。それで自分の利益の精肉より、人々の健康に役に立つ製氷だと思ったのです。

ローマ人への手紙9:16「したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです」
彼は製氷業でも大成功しましたが偉ぶることもなく、多くの教会に資金援助をして、横柄な宣教師のいる教会でも人々に分け隔てなく接していたそうです。自分の成功は自分の力で勝ち取ったものじゃなく、周りの多くの人の助けがあったり、神が与えてくれたものなんだという自覚の土台の上に立っていたんですね。
9代目 市川團十郎も中川喜兵衛の北海道:五稜郭氷が大好きだったそうですよ。

Comment (1件のコメント)

  • 真梨 1年前 (2017.07.28 12:27 AM)

    中川嘉兵衛の着眼点も素晴らしいと思いました。
    人は、誰と出会うか?で人生変わっていくけど、それをどう捉えるか?も決め手になっていく。
    嘉兵衛が、私事ではなく、公のために生きたように、自分で勝ち取ったものは何一つなく与えられてる恵みに感謝して、握りしめずいけたらどんなに豊かな人生かと思う。

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