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6/19 House of praised

今回のテーマ聖句は
「あなたの御手が私の助けとなりますように。私はあなたの戒めを選びました。」詩篇119:173

人生は選択の連続です。
今あるあなたの人生は、あなたが今までしてきた選択の結果です。
「今の人生に心から満足していない」という人はたくさんいるでしょう。でもそれは誰のせいでもない、あなたの選択から来た結果なのです。
良い収穫を期待したいなら、腐っていない良い種を蒔かなければ、良い実は得られないのは当たり前ですね。良い選択とは良い種を蒔くこと。何を蒔くかがあなたの人生を決めるのですとマレは言います。

そして自分の状況を変えたいなら「自分を変える」より、「選択を変えなさい」と言います。選ぶ順番を変える、選び方を変える、その方が自分を変えるよりずっと効果的だそうです。

そうすると今度は「選び方が分からない」という人がいます。選択に必要な判断基準を持っていない人は、基準がないから選び方が分からないのです。

聖書には、「人間は神の形に似て作られた」と書いてあります。
この形とはシェイプではなくイメージです。
その動かぬ証拠が、「自由意志」です。
神は人間を思い通りに動くロボットにはせず「自由意志」を与えたのです。
だから自分のキャラクターを変えることは出来なくても、選択を変えることはできるのです。

「自由意志」を使って何を選ぶかで人生は決まります。

普通、人は愛する人の喜ぶことをしようとします。
神を愛する人なら神の喜ぶことをしようとします。

「もしわたしを愛しているなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。」ヨハネ 14:15
これはイエスの言葉です。
また今日のテーマ聖句の詩篇を書いた記者は、「私はあなたの戒めを選びました。」と言いました。詩篇記者は神を愛する人で、自らの意思で神の戒めを選択したのです。

また詩篇記者はこうも言いました。「主を恐れる人は、だれか。主はその人に選ぶべき道を教えられる。」詩篇25:12

主を恐れるとは、恐怖を抱くという意味ではなく、畏怖の念を抱くという意味です。
神を愛し信頼している詩篇記者は、神が必ず行くべき道を教えてくれると信じていました。
自分を信頼し慕ってくれる者を邪険にする人はいないでしょう。神もそのような人に不親切にされることは無いのです。

人はエゴに突き動かされ、見た目や自分の感情が麗しく感じる方をすぐに欲する傾向があります。でも愛する人がいたら、愛する人を悲しませないように、選択の幅が狭まるはずです。そのように神を愛する人も選択の領域が狭いのです。

あなたの選ぶ基準が、見た目や自分の感情だったとき、
選択の失敗をしない方法は、「握らないこと。」

あなたが神を信じているかどうかは分からないけれど、自分が大事にしているもの、手に入れたいと思っているものを手放すことに抵抗があるなら、それはあなたが握っている証拠です。そこに自分が執着しているのだなと自覚することです。
それを手放すこと、ライトタッチでいること、それが選択の基準です。
刹那的欲求を満たすことを基準としない。
それが誤った選択をしないコツなのです。
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マレの話しを聞いて、過去の自分の多くの間違った選択を思い出しました。
原因があるから結果があるのに、結果だけ見て「これは自分が望んだものじゃない!」と誰かのせいや環境のせいにしていたなぁと。
原因は自分の選択にあったことを気づかされ、選択がいかに大事かを教えていただきました。
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