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先を見据えることが出来た男【徳川家康】のお話しでした。
天下分け目の決戦と言われる関ヶ原の戦い。しかし石田三成の反乱を鎮静するための戦いであった、というのが本当のところです。家康は関ヶ原の戦いで勝利しても天下は取っていません。なぜなら天下を取るには大坂城に住む豊臣家を滅ぼさなければならないからです。しかし、家康は戦いの後、大阪に向かわず江戸に帰ってしまいます。それはなぜなのか?
彼には江戸でやらなければならない大きな事業があったのです。

家康は「最も多くの人を喜ばせた者が、最も大きく栄えるもの」と言ったといいます。
天下盗りが最優先ではなく、民のため、国のための行いこそが自分を栄えさせると信じていたんですね。
徳川家康が成した一大事業があるおかげで今日があることに感謝だなと思いました。

Comment (3件のコメント)

  • iwamari 2年前 (2017.04.27 8:58 AM)

    今、東京があるのも家康のお陰様。
    権力の獲得よりも、家康の格言の言葉にあるように、公のために尽くした家康に尊敬と感謝でいっぱいになりました。

  • 2年前 (2017.04.27 10:27 AM)

    「戦いでは強い者が勝つ。辛抱の強い者が。」という家康の格言もぐっと来ました。
    今の世の中、なんと忍耐の無いことか。もちろん自分を含めて。
    辛抱の強い者でありたいです。

  • さとう 2年前 (2017.04.27 12:28 PM)

    自分の欲得のためではなく、多くの人の益になると信じて
    与えられた場所で逆境をチャンスに変えた家康の発想は素晴らしいと思いました。
    目の前の現実に不満を持つのではなく、未来を見据えて行動しなければなりませんね。

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