Now Loading...

3/20 BRIDGE

水曜日のBRIDGEは東條由布子さんのお話から始まりました。
東條由布子さんとは、東條英機の孫であり、ずっと身を慎んで普通の主婦として過ごして来られたのですが「東條英機がずっと汚名を着せられたままではいけない」と突如立ち上がり、日本がした戦争はなんだったのかを言論で世間に訴え続けた女性です。
東條家の人たちは戦後、想像出来ないような酷い差別を受け続け、ひっそりと暮らしてきたそうです。日本人が日本人を差別することは、同じ日本人として、聞いていて心が痛むと共に非常に恥ずかしい気持ちになりました。

HEAVENESEと由布子さんの出会いは、2012年にHEAVENESEが靖國神社で奉納演奏を行った時。知人を通してHEAVENESEを知った由布子さんが見に来てくださり、それからのご縁でしたが、程なくして体調が良くなかった由布子さんは天に召されました。HEAVENESEは由布子さんの葬儀に出席し、HEAVENESEの歌で由布子さんをお送りしたのでした。

由布子さんがずっと訴えていた主張は2つ

1、1946年5月3日、マッカーサーはこう証言しています。
「日本が戦争に飛び込んでいった動機は、ほとんどが安全保障の必要に迫られてのことだった」
戦争前の日本はアメリカ主導の経済封鎖に合い、その上「ハルノート」と呼ばれるアメリカからの通告を受けたのでした。ハルノートの内容はアジアにある日本の資産を全部置いて日本に帰れ!というものでした。資源をほとんど持たない日本が、アジアからの撤退を受け入れ、そのまま石炭や石油を輸入することが出来なければ、多くの失業者を生み、経済が衰退し、餓死する人など多く出てしまう。それを回避するために止む終えず行った戦争だった、と。

由布子さんは、このような証言もあるのだから、日本政府はあの戦争は侵略のための戦争ではなかったと国内外に広く伝えなさい。と仰っています。

2、1995年(平成7年)8月15日
当時総理大臣であった村山富市首相から日本政府として、通称「村山談話」と呼ばれる談話が発表されました。この談話の内容は「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことをお詫びします」というもの。
この談話が反日国や反日思想の人の基準になり、「日本は侵略を認めたのだから謝り続けなければならない」となるのです。
しかし、1952年(昭和27年4月28日)サンフランシスコ講和条約締結後、日本では「戦犯」を「法務死」とする閣議決定が行われ、いわゆる「A級戦犯」などはこの世に存在しなくなりました。
なぜなら東京裁判で「戦犯」とされた人々は、「平和に対する罪」を犯したとされているのですが、「平和に関する」法律などもともと存在せず、守りようのない法律を適用され多くの人が罪に問われたからです。これを事後立法と言い、明らかな国際法違反であり、罪を犯しているのは戦勝国の方なのです。

由布子さんは村山談話が閣議決定された正式な日本政府の見解なら、同じく閣議決定により「戦犯」は無くなり存在などしないことを、多くの人にちゃんと伝えなさい。と仰っているのです。

マレがシェアしてくれた聖句は「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」ヨハネ12:24

「本当のことを伝えていかなくてないけないと、僕は由布子さんから託されたと思ったので、この話をしました。この話を聞いたあなたも、東條由布子さんから託されたんです」とマレが言いました。

歴史というのは70年周期で変わっていくものだそうです。
今年は戦後74年。戦勝国に「日本が悪いことをした」と洗脳されていた時代が変わる時です。マレの言葉を聞いて自分は何か大きなことが出来る訳ではありませんが、時代を変える一員であることを託されたのだなと思いました。

AEA89995-253B-4850-9300-5F8D040CFE8E
1B17BE4D-D93A-447F-B0EA-6E94C88D8F2C
83FD7CE7-1EE5-4A04-B64E-6E34D641E70A

コメントはこちら